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ロンドンに「借家の世代」が到来中!?【イギリスにみる住まいの近現代史・後編】

ロンドンに「借家の世代」が到来中!?【イギリスにみる住まいの近現代史・後編】

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イギリス人の「住まい」への愛着を、イギリスの生んだ傑作文学とともに解き明かすこのコラム。

18世紀〜19世紀にかけての「〈個人〉の領域の拡大」を、小説における住宅描写とともに振り返ったコラム前編に続く今回は、激動の20世紀が住宅事情に与えたインパクトと、21世紀の格差社会をたくましく生き抜くアラサー世代の「シェアハウス事情」をお伝えします。

▼前編はこちら
イギリス小説の隠れたテーマは住宅!【イギリスにみる住まいの近現代史・前編】

「住まい」に歴史あり

長らく新築の住まいを好んできた日本人とは違い、イギリス人は「家」そのものの歴史を評価し、何世代にも渡って受け継がれてきた住まいに自らの創意工夫をプラスしていくことに喜びを見出しています。

しかし、そんな住宅の伝統に対して愛着をもつイギリスでも、押し寄せる時代の波から完全に自由になることはできません。20世紀のイギリス文学を代表する作家のひとりであるD. H. ロレンスは、その代表作である『チャタレイ夫人の恋人』のなかで次のように述べています。

これが歴史だ。一つのイングランドがもう一つのイングランドを抹殺してゆく。炭坑は邸の人々を富豪にした。いまは、その邸宅が田舎屋をかつて抹殺したように、炭坑が邸宅を抹殺しているのだ。産業のイングランドが農業のイングランドを抹殺している。[…]新しいイングランドが古いイングランドを抹殺する。

D. H. ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』飯島淳秀訳、角川文庫

この引用にも明らかな通り、いち早く産業社会が到来したイギリスでは、人口増加や生活様式の変化によって、住宅事情にも大きな変化を経験することとなったのです。

イギリス、ノッティンガムにある作家D. H. ロレンスの生家のある通り。父親が炭坑夫だったロレンスは、炭坑労働者むけの長屋で幼年期をすごした。

イギリス、ノッティンガムにある作家D. H. ロレンスの生家のある通り。父親が炭坑夫だったロレンスは、炭坑労働者むけの長屋で幼年期をすごした。

 

「田舎暮らし」への憧れと、「カントリー・ハウス」の夢

前編では、19世紀に新たな持ち家階級となった産業資本家層の台頭についてお伝えしましたが、その背後では工場や都心部を中心として労働者向け住宅の開発が相次いでいました。

しかし、19世紀末にはインフラ構造の老朽化に伴って、ロンドン都心部でスラム化が進行します。20世紀初頭にもなると、裕福な中産階級の多くが、ロンドンの窮状から逃れるように、新たに発達した地下鉄や電車を使って「郊外」へと移住していったのでした。

階級社会であるイギリスにおいて、このように住み分けが進行していった結果、「住宅」は階級対立のシンボルそのものにもなっていきます。

徹底した急進主義者の彼女は、ロンドン郊外の下層中産階級の住宅地について、嫌悪感をあらわに語るようになった。人生は、彼女が認識するかぎりでは、同じ関心と同じ敵をもつ裕福で気持ちのよい人々の集まりであった。[…]その外側からは貧困と下品な一般大衆が、あたかもロンドンの霧が北側の山の割れ目から松の森に流れ込むように、この世界に忍びこもうとしていた。

E. M. フォースター『眺めのいい部屋』北條文緒訳、みすず書房

フォースターが辛らつな皮肉を交えて描いているように、第一次世界大戦前のイギリスでは、「郊外」や「田舎」での暮らしは都会の窮状と自らを区別する、一種のステータスシンボルにもなっていたのです。

フォースターが学生生活を送ったケンブリッジの寮。他者への寛容性と、社会的諷刺に満ちた彼の文章はここで育まれた。

フォースターが学生生活を送ったケンブリッジの寮。他者への寛容性と、社会的諷刺に満ちた彼の文章はここで育まれた。

中でも「古き良きイギリス」の象徴として好まれたのが、貴族領主の邸宅として農村に建てられた「カントリー・ハウス」。イギリスがかつて農業国だった時代の趣きを今に伝えるこれらの邸宅が、ナショナルトラスト運動による保護の対象にもなったのも20世紀前半の出来事でした。

しかし、第一次世界大戦後には、D. H. ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』を筆頭に、イーヴリン・ウォーの『ブライズヘッドふたたび』、ダフネ・デュモーリアの『レベッカ』など、荒廃したカントリー・ハウスを舞台とする小説が多数執筆されます。

戦争による農村部の荒廃、貴族階級の没落といった歴史的背景とあわせてこれらの小説を読めば、理想の住まいに託されたイギリスの「夢」と「幻滅」をうかがい知ることができるはずです。

そして現代へ

このように、イギリスの住宅事情は、「階級」や「都市・農村」をめぐる歴史のドラマと切っても切れない関係にあるのです。

時はかわって21世紀、階級的にも人種的にも流動的になった新時代のイギリスはいま、この新しい世紀特有の問題に直面しています。

それはズバリ、世代間格差の深刻化による若年層の住宅難

歴史的に持ち家階級であった中流家庭の若者たちのあいだに、「借家の世代」(Generation Rent)と呼ばれるカテゴリーが発生しているのです。

「借家の世代」とは

事のきっかけとなったのは、グローバル化を発端とした外国資本の流入でした。

イギリスでは2000年代以降、国内のサッカーリーグである「プレミアリーグ」でロシアや中東などの大資本家によるチーム買収が繰り返し話題になっていますが、住宅もまた彼ら海外資本家にとって格好の投資対象になっているのです。

そしてロンドンのテムズ川沿いを中心に、住宅が「安全な資産」として購入されていった結果、住宅価格が高騰し、本来であれば結婚・出産を境に住宅を購入する世代である35歳以下の人たちが「借家住まい」を余儀なくされているといいます。

「シェアハウス」という選択

しかし、そんな逆境を「楽しみ」に変えてしまうのがイギリスの若者たち。

元々、大学入学を機に親元を離れ、気の合う仲間とシェアハウスをするというライフスタイルに慣れている彼らは、アラサー年代になった今もなお友人と同じ借家をシェアしているのです。

「シェアハウスに住めば、割とマシな家に住めるのがメリットかな。特にロンドンでは、借家でもまともな家を見つけるのが本当に難しくなっているからね」

そう語るのはロンドン在住・インテリアデザイナーのアレックスさん。アレックスさんはご自身のガールフレンドと、友人カップルの計4人でシェアハウス暮らしをしています。

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「いずれ自分の家を持ちたいと考えているけど、今の状況じゃあ相続でもしない限りその可能性は低そうだね。30代のうちに5万ポンド(※約1000万円)の蓄えができるとも思えないし。もしくは、すごく安いところに引っ越すかだけど…その場合は海外移住も検討しなきゃいけないね」

そう語る口ぶりには、大陸を隔てたアラサー世代の「リアル」がにじみ出ていました。しかし、決して悲壮感がないのはシェアハウスにこの世代特有の自由を見出しているからこそ。ご友人のなかには、テムズ川に浮かぶボートを自らの住まいにされているという人もいるとか。

最後に、デザイナーとして自らの家のインテリアを手がけるアレックスさんに、「住まい作りの喜び」はなにか伺いました。

「自分もふくめ、一緒に暮らすみんなが自分たちの家にプライドを持てるようにすることかな。『家の手入れは、心の手入れ』(Tidy house, tidy mind.)って言葉を信じているんだ

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世代と時代は違えど、受け継がれている「家はイギリス人の城」の精神。

「住まい」にまつわるイギリスの近現代史から我々日本人が教わるべきことは、そのプライドにあるのかもしれません。

 

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