日本全国でも例をみない、幼児施設に特化した設計事務所「日比野設計+幼児の城」。第9回キッズデザイン賞9冠を始め、数々の賞を受賞し、話題を呼んでいます。
例えば、長崎県の「認定こども園 小浜こども園」は、海を臨める美しいロケーションに建つ園舎です。食事ができる多目的ルームは、大きな窓と高い天井で、明るく開放感があり、まるでリゾートホテルのよう。屋上のロープ遊具で遊んだり、園内を裸足で駆け回ったり、子どもが生き生きと過ごしています。
また、熊本県の「認定こども園 第一幼稚園」は、自然と一体になったユニークな園舎。開閉式の屋根がついた中庭には、雨が降ると水たまりができ、そこで遊べるようになっています。日本のみならず、世界中のメディアからも賞賛されています。
親が子どもに通わせたいと思うような魅力的な幼稚園や保育園。子どもたちにとってワクワクするような仕掛けは、私たちにも“子どもゴコロ”を思い出させてくれます。
350以上の園舎を手がけ、日本のみならず世界中から依頼が殺到する日比野設計の取締役専務で、幼児施設統括責任者の日比野拓さんに、子どもから愛される園舎について、そして子どものための空間のつくり方について伺いました。
日比野さんは、大学卒業後、日比野設計に入社。幼稚園、保育園、子ども園、子ども関連施設に関する設計に、330以上関わった、スペシャリストです。また、デザイン以外にも、子どもとデザインに関するワークショップや講演会、国内外の子どものデザイン視察ツアーの企画などを行われています。
子どもの頃の体験が今につながっている。
― 子どもがワクワクする園舎をつくっている日比野さんご自身も、子どもの心を持っていらっしゃるのかなと感じます。今に通ずる原体験のようなものはありますか?
3歳から自然に囲まれた藤沢の湘南台に住んでいました。昔は、あのあたりもカブトムシやクワガタ、沢蟹やザリガニなんかがそこら中にいっぱいいたんです。頭ごなしにダメだといわないタイプの母親だったので、しょっちゅう友達と外へ遊びに行きました。もちろんケガもいっぱいしたし、失敗もしたのですが、それが、かなり強い原体験になっていると感じます。「あれ、楽しかったな」とか「おもしろかったな」というのに、全部つながるんです。
子どもって、「あの枝は折れそう」とか「木はこうやって登るんだ」とか、自分で木に登ることで覚えるんです。傷をつくったり、洋服を汚しても怒らずに、いろいろな体験をさせてもらえたんですね。
― お母様の影響も大きいですね。
そうですね。今頃になって感謝するというか、やらしてくれてよかったなあと思います。
― 園舎にあえて水たまりをつくって遊べるようにしたり、洞穴をつくったり、子ども目線のインスピレーションはどこから得ているんですか?
小さい時の話で言うと、やっぱりドラえもんの押し入れじゃないかなという感じがしますね。僕らの世代って、1回は押し入れで寝てみるとか、タイムマシンに乗りたくて引き出しを開けて入ろうとしたとか、そういう体験があるのではないでしょうか。
今でも覚えているんですが、友達と空き地に穴を掘って、そこに基地を作ろうとしたこともあります。あと、草むらの中にどんどん入っていって、周りの草を集めて、穴ぐらのような草で囲まれたテントみたいなものを作ったり……。そういうものが今に繋がっているのかもしれません。
出典:www.facebook.com/youjinoshiro
― つくる上でのこだわりは?
一番は子どものためになるかならないか、というところが大きいですね。でも、打ち合わせをしてると、やっぱり大人の意見が強くなっちゃうんですよ。
オーナーは、使いやすさや汚れにくさを気にしますが、子どもは、汚れにくくしてくれなんて、思ってないんですね。
使いやすいよりは、おもしろくしてほしいとか、楽しくしてほしいっていうほうが強い。だから、大人がちょっと我慢したり、覚悟すれば、おもしいものがいっぱいできると思います。
だから、子どもの目線で考えて、自分だったらこういうのが気持ちいいだろうなとか、楽しいだろうなっていうのは、大切にしています。
― 徹底的に子どもの目線にあわせる、と。
そうですね。ただし単純に子ども用にするということではありません。例えば子ども用に低く作ったカウンターも、大人が1段下がって普通に使えるようにしていたり。
それに幼稚園や保育園は、少子化の影響でこれから経営により工夫が求められます。だから園舎というひとつの目的だけにしか使えないというのはリスクが大きい。そのため、あまり園舎という機能ばかりにフォーカスしないようにしたり、子どもがちょっと背伸びしたくなるぐらいの空間に仕上げたほうが良いのかなと思っています。
― なるほど。一方で、園舎には「安全性」という課題もつきまとうように思います。できるかぎり「危険やリスクを排除する」方向で設計されることが一般的だと思うのですが……。
今の大人って、大体のものを“セーブ”しようとするんですよ。僕らはそれよりも、子どもの“楽しい”という思いを大事にしたいという気持ちが基本にあります。もちろんそういうものを作ろうとすると、手すりをつけてほしいとか、落ちたらどうするんだという言う話になる。でも、気にしだすときりがないんですね。
結局、幼稚園や保育園がどれだけ気をつけても、そこから一歩でも外に出たら、ケアされてないところがいっぱいあるんです。だから、園舎を過保護にしすぎることにはあまり意味がない。極論を言うと、むしろそこで「痛い」という経験を得られたほうが、外に出たとき、自分で気をつけられる子に育つのではないかと思うんです。
園のオーナーさんにも、「この園はこういうコンセプトなんだ」と、親御さんに必ず説明してもらうように伝えています。小さいケガも含めて、いろんなことを子どもに学ばせるために園舎を作っているんだということを予め伝えていれば、親御さんの反応も全く変わってくると思います。
出典:www.facebook.com/youjinoshiro
子どものための園舎をつくるには“覚悟”が必要。
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― 現在どのぐらいのプロジェクトが進行していますか?
設計数でいくと、10から15件の間ぐらいです。初期段階だったり、工事中だったり、いろいろとあって、だいたい常時40件ぐらいが進行しています。
海外では、オランダとドイツ。中国や台湾からの依頼や相談も増えています。
― 園舎には、あまり色を使っていませんね。
子どもたちがやってくれば、洋服の色などでカラフルになりますからね。それに園舎といっても一つの建築物ですから、街並みを意識してしっかりと調和させることが大事だと思っています。
キャラクターをつけてくれとか、ピンクを使ってくれという要望には、「それは遊園地に行けばいいじゃないですか」という話をするようにしています。
― 「幼児の城」がコーディネートして、幼稚園や保育園でワークショップも開催されているそうですね。
「トン!カチ!カチ!トン!」というワークショップを開催しています。僕らがやるワークショップは、ご提案した空間や素材を最大限に活かしきれていない場合に、上手に使っていただくきっかけになればと思ってやっているものなんです。
― 活かしきれていない、というのは?
例えば、園舎の厨房って、ほぼ飲食店並みの設備が整っていることも少なくないんですね。僕らが手がけた園舎って、フルスペックのキッチンを備えていて、かつロケーションも最高。窓の向こうはすぐ海で、天井の高い広々とした食堂があります。この空間を、園児が使っていない夜の時間や週末に、一般開放することもできますよね。もともと子どものための場所なので、「子ども連れOK」というメリットもあります。
幼稚園や保育園は閉ざすより、地域に対して開いていくべきだと思っています。
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― 「幼児の城」の園舎は、トイレも印象的ですね。熊本県「認定こども園 第一幼稚園」の“開放的”なトイレは、特に話題になっていますね。
そうですね。これはメディアでたくさん紹介されて、肯定的な意見のほうが多かったですが、海外の人からは「本当に!?」っていうコメントが多かったです(笑)。もちろん丸見えというわけではなく、半分ぐらいはフィルムが貼られていて、明るくて気持ちのいい空間です。トイレはネガティブなイメージが強い場所なので、特に子どもが怖がらない空間になるよう配慮しています。
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― 親御さんの反応はいかがですか?
次第に親御さんから直接リアクションをもらえるようになってきていて、すごく嬉しく思っています。特に食事に関する感謝の声が印象的で、「子どもがご飯をたくさん食べるようになった」とか、「食べ物の好き嫌いがなくなった」とか。宮古島の『認定こども園 はなぞのこどもえん』では、園児の食事の量が園舎改修前と比べて1.5倍に増えたそうです。
― それはすごい! 園庭を走り回って運動量が増えたからでしょうか?
それもあるとは思いますが、園長さんは「みんなで一緒に気持ちのいい場所でお昼を食べられるようになったこと」が理由じゃないかと言っていました。以前までは、お昼をみんなで食べる場所がなくて、それぞれの教室で食べていたそうなんです。食事が楽しくなる空間と言っていただけるのはとても嬉しいですね。
― その他に、何か手応えを感じたエピソードはありますか?
今の子どもたちは、体力がすごく落ちてるんですね。家でゲームをして遊ぶことが増えて、外遊びをしない。だから、促されるように、自発的に遊べる仕掛けをたくさん作ってあげると、身体の基礎体力が養われます。
山梨大学の中村和彦教授によると、子どもが日中いっぱい遊ぶと、食欲が増して、ちゃんと睡眠ができるという、好循環が起きるらしいんですね。それができると風邪をひいたり、病気をしない身体が作られるという話があります。実際に石川高専の西本先生と子どもたちの運動量の調査研究も始めていて、1年かけてデータを取る予定です。
― 日比野さんご自身に、子どもたちにはこう育ってほしいという理想のイメージはありますか?
大人になったとき、自分の力でちゃんと生きていける子どもに育ってほしいと思っています。そのために自分の手がけた園舎を通じて、何かを生み出す面白さも、小さな失敗も、いろんなことを経験してほしい。大人が過保護になんでも用意して、守ってあげるのではなく。そこが一番じゃないでしょうか。
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― 園庭にも、それぞれ個性がありますね。
一般的な幼稚園・保育園では砂利の園庭が多いのですが、園庭にもいろいろな発見や気づきがあるべきだろうという話をしていて。子どもの感性において、自然の変化を知ることはとても大事なことだと思うんです。季節によって木の実がなるとか、葉っぱの色が変わるとか。
例えば東京にある「城山保育園南山」では、園庭にハーブを植えました。風が吹くとふわっといい香りが流れてくるのですが、それが五感を刺激してくれるんですね。その他、建材に“麦わら”を固めた板を使ってみたり。近くに寄ると良い香りがするんですよ。まるで麦わら畑にいるような感じです。
もちろん自然の素材は手入れが必要で、ニス塗装をしないと汚れやすいということもあるのですが、汚れよりもこの香りを大切にしてほしい。そこは園長が“覚悟”をしてくれました。
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― 最後に、園舎から少し視点を変えた質問です。お家の中に「子ども部屋」をつくるとき、どんな点に気をつけるべきだと思いますか?
やはり素材は大切なんじゃないかと思います。先ほど例にあげた麦の香りのする板を使ったり、自然な木材で仕上げた空間で暮らすことは、とても良い情操教育になると思います。
子ども部屋といっても、どんなお部屋にするかは大人が決めるもの。「子どものため」とは言いながらも、「汚れにくい素材で……」なんてことを考えてしまいがちですよね。
大人の効率重視で考えるのではなく、本当に「子どもの目線」で考えることが大事なのかなと思います。
― なるほど。子ども部屋をつくるのにも“覚悟”が必要ということですね。
そう思います。大人が覚悟さえすれば、できることはいろいろありますね(笑)
インタビューを終えて
「日比野設計+幼児の城」でつくられた園舎は見ているだけで、子供たちはどんな気持ちで毎日を過ごしているだろうとワクワクしてしまいます。そんなワクワクやドキドキを日比野さんたちはつくり続けています。
子どものために……と言いつつ、現実的には大人の都合を優先してしまいがち。子ども目線で何かをつくることは、思った以上に難しいことだと思います。忙しい毎日で忘れてしまいがちな“子どもゴコロ”。
日比野さんの“子どもゴコロ”が次は何を生み出すのか楽しみです。
日比野設計+幼児の城
幼児の城ブログ:youji-no-shiro.hibinosekkei.com