イギリス小説の隠れたテーマは住宅!【イギリスにみる住まいの近現代史・前編】

    イギリス小説の隠れたテーマは住宅!【イギリスにみる住まいの近現代史・前編】

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    あのエリザベス女王はかつて宮廷晩餐会の席で、「日本とイギリスには似ている点があります。どちらも庭園を愛し、車道は左側通行です」と話したといいます。

    確かに、イギリスと日本はともに「伝統を重んじる島国」として多くの共通点を持っているかもしれません。しかし、「住まい」のこととなると世界のイメージは真逆。

    皆さんは、次の有名なジョークをきっとご存知ですよね。

    最高の生活・・・アメリカ人と同じ給料をもらい、イギリスの家にすみ、日本人の妻を持ち、中国人のコックを雇う。

    最悪の生活・・・中国人と同じ給料をもらい、日本の家にすみ、アメリカ人の妻を持ち、イギリス人のコックを雇う。

    悲しいかな、これが世界のイメージする日英の住宅差なのです…

    なにはともあれ、世界中の人たちが羨む「イギリス流の住まい」。今回は、その歴史と伝統をイギリスが生んだ文学作品とともに紐解いていきます。

     

    〈私〉のための空間?

    イギリス文学に馴染みのないかたの為に、まず知っていただきたい豆知識が「イギリスには人名をタイトルに冠した小説が多い」ということ。

    例えば、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』に始まり、チャールズ・ディケンズの『オリバー・ツイスト』、H. G.ウェルズの『トーノ・バンゲイ』など、文学史に名を残す傑作の多くが主人公のフルネームをタイトルにしています。

    日本人にとっての『水戸黄門』や『半沢直樹』がそうであるように、イギリス人はこれらの名前を耳にすれば「人物」よりもむしろ「作品」や「ストーリー」を思い浮かべるのです。

    さて、ここでクエスチョン!以下に並ぶのはいずれも名作と名高いイギリス小説ですが、これらのタイトルは一体なんの名前を指しているでしょうか

    ・『マンスフィールド・パーク』『ノーザンガー・アビー』(ジェイン・オースティン)

    ・『ハワーズ・エンド』(E. M. フォースター)

    ・『ブライズヘッドふたたび』(イーヴリン・ウォー )

    お分かりになられたでしょうか?

    実はこれ、すべて「邸宅」の名前なんです!

    それではなぜイギリスには「人名」と「邸宅名」をタイトルにした小説が多いのか…そこには、「小説」という表現形式の誕生とも関係する深〜い話があったのです。

    「イギリス人の家は城」!「小説」と「住まい」の歴史的背景

    ?そもそも英語で「小説」を表す“novel”は元々、「新しい・新奇な」という意味の形容詞。小説は、歴史的にも”若い”表現ジャンルなんです。では小説が誕生する以前に「物語」はどのように表現されていたかというと、貴族たちが宮廷で愛を語らい合う「ロマンス」の形式をとっていたといいます。

    そこで、歴史上最初の小説はなんだったかというと、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1714年)だというのが一般的な説になっています。

    実はこの小説、正式名称がめちゃくちゃ長いんです。次がその出版時のタイトル。

    『自分以外の全員が犠牲になった難破で岸辺に投げ出され、アメリカの浜辺、オルーノクという大河の河口近くの無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に海賊船に助けられたヨーク出身の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述』

    …長い。しかも、出版された際に著者であるデフォーの名前は載っておらず、あくまでも「ロビンソン・クルーソー本人による手記」という体裁をとっていたのでした。

    中世の「ロマンス」とは異なり、「小説」の題材となっているのは「貴族」や「英雄」ではなく、「フツーの人たち」。だからこそ、戸籍謄本から抜き出してきたような名前がそのままタイトルになったりするんですね。

    では、ここでいう「フツーの人たち」は具体的にはどんな人たちかと言えば、18世紀イギリスで産業革命が起こった結果、社会的のなかに新たに台頭してきた「中産階級」がその主な母体になっています。サラリーマンの歴史的祖先と言えるかもしれませんね。

    ロビンソン・クルーソーが漂流した島で一から住まいを作り上げたように、彼ら中産階級の人々は持ち前の「勤勉さ」「個人主義的価値観」「〈私〉のための空間」を作っていきました。

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    「英国人の住む家は、彼にとっての城である」(”An Englishman’s home is his castle.”)という諺にもある通り、元々「住まい」に対するこだわりを強く持っていたイギリス人。18世紀以降は、新たに持ち家階級となった産業資本家たちが、次々と自分たちの「城」を構える時代になっていくのです。

    小説はかつて「暮らしのハウツー本」だった?

    さて、小説というジャンルの黎明期にあたる18世紀のイギリスでは、新たに持ち家階級として台頭した中産階級と、古くから地方領主として暮らしを営んできた貴族階級とのあいだに文化的な対立が生じることとなりました。

    それもそのはず、新興資本家層にとってみれば不労所得にあぐらをかいている貴族たちは、道徳的にやましい存在であるかのように映ったでしょうし、貴族からしても、彼ら中産階級たちは趣味の悪い「成金」程度にしか感じられなかったのです。

    A woman in a ball gown sits

    そんな時代の雰囲気をもっともよく伝えている小説が、印刷業者だったサミュエル・リチャードソンの著した『パミラ、あるいは淑徳の報い』(1740年)です。

    可憐な女中、パミラは領主であるB氏からの度重なる卑劣なセクハラ行為を耐え忍び、自身の貞淑を守り通します。その結果、その慎ましい姿に心打たれたB氏は改心し、パミラを妻として迎えることになる…というのがこの小説の大体の筋書き。典型的な成り上がり婚の物語と言えるかもしれません。

    じつはこの小説、手紙文をベースにした書簡体小説の体裁で書かれているのですが、元々は「手紙の書き方として手本となるような本を書いて欲しい」という依頼を受けてリチャードソンが書いたものだったのです。そのせいもあってか、『パミラ』は恋愛小説というよりもむしろ「マナー教本」(conduct book)としての性格を持っています。

    当時、この種のマナー教本は「出せば売れる」ほどの大人気ジャンル。「家計の管理法」から「お客のもてなし方」、「整理整頓の仕方」にいたるまで、「暮らし」にまつわるノウハウをポケットサイズにまとめた本が女性を中心に好まれていました。このような暮らしのハウツー本は、新たに「家政」や「社交」の担い手となった中産階級の女性の教化に一役買っていたのでした。

    クローゼットの骸骨!?「ゴシック小説」から「探偵小説」にいたるまで

    さて、英語の諺のなかには「家庭の秘密」を表す”Skelton in the closet”という表現があります。日本語では「クローゼットの中の骸骨」を意味する言い回しですが、「家」のなかには嗅ぎ回られたくない秘密のひとつやふたつはあるものですよね。

    先にも述べた通り、18世紀には貴族の暮らしに対して、新興資本家層から妬みまじりの疑いの視線が投げかけられました。それをよく表しているのが「ゴシック小説」です。

    ゴシック小説の舞台となるのは決まって中世の雰囲気が重々しく残る古城やお屋敷。たいていはその場所に幽閉されていた女性の幽霊などが登場して、華々しい名誉に隠された一族の「暗い過去」を物語ってくれます。

    Abandoned manor in gothic style, Muromtzevo, central Russia

    ちなみに、ジェーン・オースティンの『ノーザンガー・アビー』は、いかにも怪しげな領主館を舞台にした小説ですが、お屋敷にスキャンダルの匂いを感じ取る女性主人公の「勘ぐり」がすべて早とちりに終わるという、滑稽なパロディになっています。同時代の雰囲気をよく知ることができる傑作なので、ぜひご一読をおすすめします!

    さて、産業革命によって台頭した中産階級の人々は、その個人主義的信条をもとに「プライバシー」の領域を作り上げていきました。ならば誰もがその〈謎〉を覗き見たくなるもの。

    19世紀の後半になれば、クローゼットの骸骨を嗅ぎ回る「天才」が文学史に登場します。その人物とは誰もが良く知る「名探偵シャーロック・ホームズ」ですが、彼は作中でこんなトンデモないことを口にしたりします。

    「ねえ、きみ…もしいまぼくたちがあの窓から手をつないで抜けだし、この大都会の上を飛びまわって、あちこちの屋根をそっとはがし、その下でおこなわれている奇怪な人生劇を見ることができるとしたら…」

    アーサー・コナン・ドイル「花婿の正体」、阿部知二訳

    文芸批評家のフランコ・モレッティは、19世紀末の推理小説ブームに関して「ドアというものは、ブルジョワ〔中産階級〕が個人を守るために考えだしたものである。それが今や脅威となった」と述べています。密室とは個人に対する社会の干渉を妨げるものであるが故に、推理小説においては「犯人と被害者が出会う場所」、つまり「犯行の舞台」となったのです。

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    「〈私〉のための空間」=「住宅」が、なにやら不穏な雰囲気を漂わせ始めるとき、個人にとっての聖域だった「室内」もまた単なる「趣味」の空間から大きく様変わりします。次の引用は『バスカヴィル家の犬』の犯人の住まいに踏み込んだワトソンによる記述。

    部屋の中は一個の博物館をなしていた。壁という壁にはことごとく、蝶や蛾の標本をおさめたガラスばりの箱がかけ並べてあった。これこそあの狂暴な悪魔が唯一の慰安ともし、また世をあざむく方便ともしたものである。

    室内を飾るインテリアやコレクションは、「個人」としてのプロフィールをなによりも饒舌に語るだけでなく、ときにはその素性を「隠す」ための手段にもなっていたのです。住まいの「こだわり」の背後には、犯罪ならずとも豊かなストーリーが隠されています。イギリス小説を手に取る際には、ぜひその「住宅」の描写にも注目してみてくださいね!

    後記 〜そして激動の20世紀へ〜

    「小説」の誕生には、近代的な「個人」の登場が大きく関わっていたために、小説の読者にとってみれば「暮らしのノウハウ」や、怪しげな「プライバシー」に対する興味を掻き立てるものでもありました。

    続く【イギリスにみる「住まい」の近現代史・後編】では、20世紀に入って様変わりする住宅事情や、21世紀の格差社会を生き延びるアラサー世代の新たな知恵についてお伝えする予定です。お楽しみに!

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